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AIの進化が速い今、製造業はAI導入を待つべきか

「待てばもっと良くなる」は事実である。それでも今、動く意味
株式会社羽石産業知能研究所(HIII)の船橋です。
AIの導入を検討している方々から、最近よく聞く話があります。
「AIの進化が速い。今導入しても、すぐ古くなるのではないか」
このような懸念は正しく、Stanford HAI の AI Index Report 2025 では、GPT-3.5相当の性能を持つシステムの推論コストが、2022年11月から2024年10月までに280分の1超まで下がったと整理されています。
だからこそ、「今やる意味は本当にあるのか」という問いは避けて通れません。
ただ、AIそのものが進化することと、自社の課題解決を先送りしてよいことは、同じではありません。
AIの進化は、単なる性能向上では終わらない
AIの進化は、コスト低下や精度向上だけではありません。
ある段階で、これまで補助にとどまっていた領域が、業務フローそのものを組み替える段階に進むことがあります。
McKinsey の2025年調査でも、価値創出と強く結びついていたのは、モデルそのものよりも、ワークフローの再設計や経営レベルでのAIガバナンスでした。
AIの進化は、「前より少し便利になる」にとどまらず、業務の組み方自体を変える可能性を持っています。
そう考えると、次の疑問は自然です。
どうせAIの進化で業務フローそのものが変わるなら、今の段階で受託開発企業に頼んで設計しても、数年後に作り直しになるのではないか。
この疑問はもっともです。
この記事も、この疑問を前提にしています。
今は待つ方が合理的なケースもある
今頼まない方が合理的な場合もあります。
たとえば、課題が汎用SaaSで十分に解ける場合。
半年から1年以内に業務自体が大きく変わる予定があり、今固定的な仕組みを作ることが逆に足かせになる場合。
PoCを作ること自体が目的化していて、現場運用や責任分界まで考えるつもりがない場合。
こうしたケースでは、無理に個別開発へ進まない方が自然です。
製造業にとって大事なのは、AIを入れたかどうかではなく、その投資が現場に残るかどうかだからです。
それでも、今やる意味が残るのはなぜか
論点になるのは、何が変わりやすく、何が変わりにくいかです。
AIの進化で変わりやすいのは、たとえば次のような部分です。
- どこまで自動化できるか
- 人とAIの役割分担
- 画面や操作の形
- 確認工程の量
- 最適なフローの細部
一方で、変わりにくいものもあります。
- 何が重要な判断なのか
- どの情報がその判断に効いているのか
- 誰が責任を持つのか
- どのデータを、どの形式で扱うのか
- 何を成果とみなすのか
この記事で「土台」と呼んでいるのは、主にこの後者です。
業務ロジック、データ設計、責任分界、評価基準です。
ここで大きいのは、システムの核心部分は、必ずしも特定のモデルに依存しない作りにできるということです。
業務ロジック、データ設計、ワークフロー、承認の流れ、評価基準は、モデルとは切り離して設計できます。
もちろん、モデルの進化によってUIや人とAIの役割分担は変わりえます。
ただ、システムの核心部分まで毎回ゼロから作り直す必要があるとは限りません。
モデルは入れ替える。
その一方で、業務ロジック、データ設計、ワークフローは活かす。
この構造にできれば、モデルが新しくなっても土台は捨てなくて済みます。
今やる意味があるのは、今のモデルに最適化した仕組みを固定することではありません。
将来の変化を受け止めやすいように、変わりにくい前提を先に整理しておくことです。
製造業では、なぜこの整理が特に重要なのか
製造業では、社内の課題が待っていても自然には整理されません。
図面、仕様書、見積書、検査記録、設備ログ、作業日報が別々に存在している。
部署ごとに見ている情報が違う。
重要な判断基準ほどベテランの頭の中にある。
こうした状態では、AIだけが良くなっても現場は変わりません。
2025年版ものづくり白書では、個社単位のデジタル化や効率化にとどまらず、業務・製造プロセスや企業間連携まで含めた変革が必要だと整理されています。
さらに、製造業で技能継承の取組を行っている事業所は92.1%に達している一方、その方法として最も多いのは「退職者の再雇用等により指導者として活用する」でした。
継承の必要性は強く認識されていても、なお個人依存が残っているということです。
また、JILPTの2025年調査では、製造業におけるデジタル技術を活用した業務改善は77.2%の企業で進んでいる一方、「見える化」に比べて「最適化」は進みにくいことが示されています。
多くの企業がデータを取るところまでは進んでいても、工程全体を組み替え、成果に変える段階では止まりやすいということです。
製造業で難しいのは、「導入すること」そのものではなく、導入を成果に変えることです。
今やる意味が大きい領域と、慎重に見るべき領域
今やる意味が大きいのは、放置コストが高い領域です。
たとえば、図面や見積関連文書の整理です。
担当者ごとに見る項目が違い、過去案件の参照も属人的なままだと、判断のばらつきが残り、教育コストも下がりません。
設備保全や品質異常への対応も同じです。
過去の類似事例や点検履歴にすぐアクセスできない状態では、初動が遅れます。
対応力も個人に依存しやすくなります。
技術継承も同じです。
ベテランの知見は、整理しなければ自然には残りません。
そして一度抜けると、あとからAIだけで埋めるのは難しい。
こうした領域で先にやるべきなのは、今のAIに固定的に合わせ込むことではありません。
業務ロジック、データ設計、責任分界、評価基準を整理し、あとからAIの能力が変わっても組み替えやすい構造にしておくことです。
一方で、慎重に見るべき領域もあります。
「何かAIを入れたい」というところから始まる案件です。
目的が曖昧なまま進めると、PoCはできても現場に残りません。
既存ツールで十分な課題に対して、最初から大きな個別開発を前提にする必要もありません。
問うべきなのは、「AIを使うかどうか」ではなく、
「この課題に対して何が最適な手段か」です。
AI受託開発企業に何を求めるべきか
AI受託開発企業を選ぶとき、見るべきなのは最新モデルを知っているかどうかだけではありません。
大事なのは、
- その課題は本当にAIで解くべきか
- 既存ツールで十分ではないか
- 今やるべき案件か、まだ早い案件か
- AIの進化で役割分担が変わったとき、あとから組み替えやすい形にできるか
そうした点まで含めて考えられるかどうかです。
製造業で必要になるのは、単にAIを入れることではありません。
業務ロジック、データ設計、責任分界、評価基準を整理し、AIの進化が続いても使い続けられる形で現場に実装することです。
言い換えると、依頼先に求めるべきなのは、
今のモデルを入れることではなく、
AIを使っても崩れにくく、必要に応じてあとから組み替えられる業務の骨格を作れることです。
モデルをつないだだけの実装や、PoCそのものを主な価値とする仕事は、今後差別化しにくくなる可能性があります。
一方で、業務ロジックを整理し、データ設計を行い、人とAIの役割分担を決め、導入後の運用や再設計まで含めて扱えるかどうかは、これからますます重くなっていきます。
おわりに
製造業が今AI受託開発企業にDX化をお願いする意味はあります。
ただし、それはAIが流行っているからではありません。
また、今の最新モデルを入れるためでもありません。
意味があるのは、AIがこれからも進化することを前提にして、変わりやすい部分と変わりにくい部分を分け、変わりにくい部分、つまり業務構造や判断基準の整理を先に進めることです。
HIIIが目指すのも、単にAIを入れることではありません。
製造業の現場にとって、本当に残る形で知能を実装することです。
やるべき案件と、まだやるべきでない案件を分けるところから、私たちはご一緒します。
出典
- Stanford HAI, AI Index Report 2025
- McKinsey, The State of AI: How organizations are rewiring to capture value
- 独立行政法人 労働政策研究・研修機構(JILPT), 2025年5月公表資料
- 経済産業省・厚生労働省・文部科学省, 2025年版ものづくり白書