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AI

物流倉庫にAIを入れると、何がどう変わるのか

はじめに

株式会社羽石産業知能研究所(HIII)の田中です。

「倉庫の残業が慢性化していて、どうにかしたい」——物流業界の現場では、こういった声が広く聞かれます。一方で、「AIで物流を効率化する」という話は耳にしても、「具体的に何をどう変えるのか」がピンとこないまま検討が止まっている現場も少なくありません。

第3回「AIを導入したい」から始めると、なぜ失敗するのか実は、物流倉庫はAIとの相性が非常に高い領域です。理由はシンプルで、繰り返しの多い定型業務が多く、データが比較的取りやすいからです。ただし、製造現場と同様に「とりあえずAIを入れたい」という出発点では失敗します。第3回「AIを導入したい」から始めると、なぜ失敗するのかで書いたように、課題の特定が先です。

本記事では、物流倉庫でAIが実際に機能する領域・仕組み・導入の考え方を整理します。

まず、物流倉庫の「どこ」に課題があるのかを整理する

物流倉庫の業務は大きく5つの工程に分かれます。

工程主な業務代表的な課題
入荷検品・格納先決定・ラベル付け入荷量の変動による人員計画の難しさ
保管ロケーション管理・在庫把握在庫の滞留・欠品・ロケーションの属人化
ピッキング商品の取り出し移動距離が長い・ミスが多い・熟練依存
梱包・出荷検品・仕分け・積み付け出荷量の波動への対応・積み忘れ
輸送計画ルート設計・配車ドライバー不足・積載効率の低さ

AIが効果を発揮できる領域は、この5工程のすべてにあります。ただし、どこから手をつけるかは「今、何が一番痛いか」によって変わります。この優先度の決め方については第3回でも詳しく触れていますので、合わせてご覧ください。

AIが物流倉庫で「本当に使える」3つの領域

領域1:需要予測と入荷量の最適化

倉庫運営の多くの問題は、「いつ、何が、どのくらい来るか」が読めないことから始まります。入荷量が読めないから人員計画が立てられず、在庫が読めないから発注が安全側に振れて滞留が起き、欠品が怖いから余分なスペースを押さえるという負のサイクルです。

AIによる需要予測は、この「読めない」を減らすための中核技術です。過去の入出荷データ・季節性・販促イベントのスケジュール・外部データ(天気・経済指標)を組み合わせることで、入荷量と出荷量の予測精度を大幅に向上させることができます。

需要予測の技術的な詳細——なぜ単純な統計モデルでは現場で機能しないのか、精度を向上させるために何が必要か——は、第6回『【製造現場のAI実装】需要予測モデルが現場で機能しない本当の理由と、予測精度を科学的に向上させる技術的アプローチ』で深く掘り下げています。物流倉庫に適用する際も、製造現場と同じ構造的な問題が存在します。

領域2:ピッキング最適化とロケーション自動再配置

倉庫の人件費の中で最も比率が高いのがピッキング工程です。一般的に、作業者が1日に歩く距離は10〜15kmとも言われ、移動時間だけで作業時間全体の40〜60%を占めるケースがあるとされています。

AIによるピッキング最適化には2つのアプローチがあります。

アプローチA:ピッキング順序の最適化 出荷オーダーを受け取った時点で、移動距離が最短になる順序をAIがリアルタイムで算出します。複数オーダーを束ねてまとめてピッキングする「バッチピッキング」との組み合わせで、移動距離を20〜35%削減できるケースがあると報告されています。

アプローチB:ロケーションの動的最適化 出荷頻度の高い商品を取り出しやすい場所に自動で再配置する仕組みです。「なんとなく慣れで決まってきた場所割り当て」をデータで最適化します。ここには熟練者の暗黙知が強く絡んでいることが多く、第11回「ベテランが退職すると工場が止まるのか——生成AIで技能伝承を仕組み化する方法」で触れた「知識の構造化」の考え方が、倉庫のロケーション管理にもそのまま適用できます。

領域3:在庫管理と自動発注

「在庫が多すぎる」と「欠品する」は、同じ根を持つ問題です。どちらも適切なタイミングで適切な量を発注する仕組みがないことから来ています。

AIによる在庫管理は、安全在庫量の自動計算・発注点の動的更新・発注量の最適化をリアルタイムで行います。製造業の文脈では第5回「在庫管理にAIを導入すると、何がどう変わるのか」で詳しく解説していますが、物流倉庫特有の論点として多拠点間の在庫バランシングがあります。A倉庫で余っているのにB倉庫では欠品している、という状況を検知して自動的に補充移動を提案する機能は、複数拠点を持つ物流会社で特に効果が大きい領域です。

製造現場との共通点と、物流特有の難しさ

製造AIと物流AIには、大きな共通点があります。どちらも「データの品質が低いと機能しない」「現場の業務フローと切り離して設計すると使われない」という点です。

一方で、物流倉庫特有の難しさが2点あります。

難しさ1:データの分断

多くの倉庫では、WMS(倉庫管理システム)・TMS(輸送管理システム)・基幹システムがそれぞれ別に動いており、データが連携されていません。AIに「在庫と需要と輸送コストを合わせて最適化させたい」と思っても、そもそもデータが1箇所に集まっていない——というケースが業界的に多く見られます。

第9回「なぜ、AIのPoCは成功しても、現場に定着しないのか」でも触れたように、PoC段階ではデータを手動でつなぎ合わせてうまくいったのに、本番で再現できないという失敗がこの構造的な問題から起きやすくなります。

難しさ2:波動への対応

年末・セール期・災害時など、物流の需要波動は製造ラインよりも急激で不規則です。「平時のデータで作ったモデルが繁忙期に使えない」という問題は、物流AIで頻繁に起きます。繁忙期のデータをあらかじめ学習に組み込んだ設計と、モデルが劣化していないかを継続的に監視する運用設計が必要です。

物流倉庫へのAI導入、どこから始めるか

物流倉庫へのAI導入を検討する際の、優先度の整理の仕方を共有します。

ステップ1:「今、何が一番痛いか」を1つに絞る ピッキングの非効率・欠品・滞留在庫・残業過多——問題は複数あっても、最初に手をつける領域を1つに絞ることが重要です。「全部解決したい」から始めると、第3回で書いた失敗パターンに陥ります。

ステップ2:データが取れているかを確認する WMS・TMSのログデータが過去2〜3年分あるか、入出荷の実績データが品番レベルで残っているか——「データが少ないからAIは無理」と諦める前に、スモールデータでも戦える設計の可能性を確認することが先です(詳しくは第2回「スモールデータと戦う技術戦略」をご覧ください)。

ステップ3:現場の「なぜ」に答えられる設計にする AIが「この商品を今日100個発注してください」と言ったとき、現場担当者が「なぜ100個なのか」を理解できないと、AIの判断が信頼されず結局手動に戻ります。第4回「製造現場がAIに求めているのは、正解率ではなく理由である」のテーマは物流現場でも全く同じです。

おわりに

物流倉庫は、AIによって確実に変えられる領域です。ただし「AIを入れれば何かが変わる」ではなく、「どの課題に、どんな仕組みで対処するか」を先に設計する——この順番だけが、成果につながる道です。

需要予測・ピッキング最適化・在庫管理のいずれかで具体的な課題をお持ちであれば、ぜひ一度ご相談ください。HIIIでは、データの状況の確認から設計・実装まで一気通貫でお手伝いします。