「AIを導入したい」から始めると、なぜ失敗するのか

はじめに:「AIを導入したい」という相談の落とし穴
株式会社羽石産業知能研究所(HIII)の佐藤です。
ありがたいことに、最近は製造業の経営者様や現場責任者様から「AIを導入したい」というご相談をいただく機会が増えてきました。
しかし、正直に申し上げます。 「AIを導入したい」という言葉から始まるプロジェクトは、実は危険信号です。
なぜか。それは、「AI」が目的になってしまっているからです。
AIはあくまで課題を解決するための「手段」に過ぎません。本来の順序は、「この課題を解決したい」→「その手段としてAIが最適だ」→「では導入を検討しよう」というものです。
今回は、AIベンダーに相談する前に、社内で整理しておくべき「5つの問い」についてお話しします。この問いに向き合うことで、プロジェクトの成功確率は格段に上がります。そして何より、無駄なコストと時間を避けることができます。
問い1:何を解決したいのか?
最初の、そして最も重要な問いです。
「AIで何かできないか?」ではなく、「今、現場で何に困っているのか?」から始めてください。
例えば、こんな声が現場から上がっていないでしょうか。
- 検査工程がボトルネックになっていて、生産が追いつかない
- ベテラン職人が来年定年を迎えるが、技術の継承が進んでいない
- 設備の突発故障で、毎月のように生産計画が狂う
- 帳票の手入力に毎日2時間かかっている
これらは全て、AIが貢献できる可能性のある課題です。しかし、「AIで何かやりたい」という漠然とした動機では、どこから手をつければいいか分かりません。
まずは「何を解決したいのか」の解像度を上げること。これが全ての出発点です。
問い2:その課題を解決するのに、AIが本当に最適か?
課題が明確になったら、次に問うべきは「その課題を解決する手段として、AIが本当に最適か?」です。
周囲がAIを導入し始めているからといって、焦って飛びつくのは悪手です。
例えば、「社内のマニュアルや技術資料を検索できるチャットボットが欲しい」というご相談をいただくことがあります。数年前であれば、RAG(検索拡張生成)というシステムを一から構築する必要がありました。
しかし今は、GoogleのNotebookLMのような無料ツールを使えば、300件までのドキュメントを読み込ませて、ハルシネーション(AIの嘘)を極限まで抑えた高精度なQ&Aシステムを、エンジニアなしで構築できます。
これは一例に過ぎませんが、お伝えしたいのは「本当にAIソリューション会社に開発を依頼しないと解決できない課題なのか?」を確認してほしいということです。
残念ながら、この知識の非対称性を利用して、既存ツールで十分対応できる課題に対して高額な開発費を請求する事案も耳にします。
私たちHIIIは、「この課題にはAI開発が必要です」とお伝えすることもあれば、「これは既存のツールで十分ですよ」とお伝えすることもあります。誠実なパートナーであるために、それは当然のことだと考えています。
「そもそもAIに何ができるのか分からない」という方も、遠慮なくご相談ください。最適な選択肢を一緒に整理するところから、お手伝いします。
問い3:どの工程から始めるか?
「全社的にAIを導入する」という大きな構想は、一旦脇に置いてください。
製造業のAIプロジェクトで最も多い失敗パターンは、「大きく始めて、どこにも着地しない」ことです。
成功するプロジェクトには共通点があります。それは、「小さく始めて、価値を証明する」というアプローチです。
最初に選ぶべき工程は、以下の条件を満たすものです。
- 効果が数字で見えやすい(検査時間、不良率、作業時間など)
- 現場の協力が得られやすい(課題意識が共有されている)
- 失敗しても致命傷にならない(基幹システムではなく、周辺業務から)
「全体最適」は、小さな成功を積み重ねた先にあります。最初から狙うものではありません。
問い4:現場は協力してくれるか?
どれほど優れたAIシステムを構築しても、現場に使われなければ意味がありません。
私たちがプロジェクトの初期段階で最も注意深く確認するのは、実は技術的な要件ではありません。「現場のキーパーソンが、このプロジェクトに前向きかどうか」です。
AIの導入は、現場の仕事のやり方を変えることを意味します。それは時に、「自分の仕事が奪われるのではないか」という不安を生みます。
だからこそ、「AIは敵ではなく味方である」という認識を、現場と共有することが不可欠です。
第1回の記事でもお話ししましたが、私たちが目指しているのは「自動化による職人の排除」ではありません。「職人が長い時間をかけて培ってきた知恵やプロセスをAIに学習させ、次世代に残していくこと」です。
この哲学が現場に伝わっているかどうか。それが、プロジェクトの成否を分ける分水嶺になります。
問い5:成功と撤退の基準は明確か?
最後の問いは、少し耳の痛い話かもしれません。
「このプロジェクトは、何をもって成功とするのか?」 「もし上手くいかなかったとき、撤退を決断できるか?」
AIプロジェクトには、不確実性がつきものです。「やってみなければ分からない」部分が必ずあります。
だからこそ、最初の段階で「成功の定義」と「撤退の基準」を明確にしておくことが重要です。
例えば、検査自動化のプロジェクトであれば、
- 成功の定義:検査精度95%以上、検査時間50%削減
- 撤退の基準:PoC期間3ヶ月で精度80%に達しなければ中止
このように具体的な数字で握っておくことで、「なんとなく続けて、なんとなく終わる」という最悪のシナリオを避けられます。
AIベンダーとの契約においても、この基準を共有しておくことで、双方にとって健全なプロジェクト運営が可能になります。
おわりに:「相談」は、導入を決めてからではなく、決める前に
「AIを導入すると決めてから相談しよう」と考えている方がいらっしゃれば、ぜひ順序を変えてみてください。
「この課題を解決したいのだが、AIが最適なのか分からない」 「そもそもAIで何ができるのか、選択肢を整理したい」
そんな段階でのご相談を、私たちは歓迎します。
むしろ、その段階でお話しできた方が、無駄な投資を避けられますし、本当に必要なソリューションに辿り着ける可能性が高まります。
私たちは、「AIを売りたい会社」ではありません。「製造業の課題を、最適な手段で解決したい会社」です。
その手段がAIであることもあれば、既存のツールであることもある。あるいは、「今はまだその段階ではない」とお伝えすることもあるかもしれません。
5つの問いに向き合う最初の一歩を、私たちと一緒に踏み出してみませんか?
